おうねこさまのおさんぽ

<王猫さまと一緒>

ヤガミ・ユマ:おめざめ

王猫さまは、白いカーテンを透かして差し込む、南国の明るい朝日で目を覚まします。
ベッドの中で眩しそうに少しごろごろとした後、あくびと一緒に伸びをして、白いつま先でベッドから降りました。
王猫様のベッドは土鍋を模してあります。(※調理用の鍋ではなく、雑貨としての土鍋型なので、王猫様が食べられることはありません。)
そしてそのベットにはふかふかのクッションが敷かれています。このクッションはクリスマスにミサ藩王からプレゼントされたものです。ふかふかクッションは王猫さまのお気に入りで、夜寝るときはもちろん、お昼寝もここでする事が多いのです。

さて、目が覚めた王猫さまが一番に向かう先は決まっています。
とととっ、と軽やかな足取りで王宮のミサ藩王のいる所へ向かうのです。
ミサ藩王がいる場所はさまざまですが、王猫さまはたいていご存知で迷うことはありません。
そうしてミサ藩王の所へたどり着くと、その足にごちんとおでこをぶつけるのです。

ヤガミ・ユマ:ごっちん

ミサ藩王が気づいて、王猫さまを見ますと、王猫さまはじっと彼女の顔を見上げてにゃー、と鳴きました。
「おうねこさま、おはよー。待ってね、今ごはん用意するから」
にこっと笑ってパタパタと駆けていったミサ藩王を見送って、王猫さまはちょこん、とお行儀よく座りました。
そして、ゆっくりと左右を見回します。
何か探してるみたいですね。
「おはよう」
今度は男の人の声でした。王猫さまはその人の姿を見つけると、尻尾をピンとさせてとととっ、と駆け寄りました。そして新聞を読んでいるその人のお膝に見た目よりも軽やかに飛び乗ったのです。男の人は穏やかに笑って、王猫さまの背中を撫でてやりました。
この男の人は矢上・M・総一郎といいます。みんなからはミサヤガミと呼ばれています。ミサ藩王の旦那さまです。
「ごはんできたよー、おうねこさまー?」
ミサ藩王がご飯を片手に戻ってきますと、王猫さまはミサヤガミに撫でられて満足そうにゴロゴロ、と喉を鳴らしていました。
「んもう、ほんと私よりもあんたの方に懐いてるわね」
ミサ藩王がちょっと唇を尖らせて言いますと、ミサヤガミは少し笑って、さりげなく王猫さまの背中をぽんぽん、と叩いて促してやります。
王猫さまはとっ、と床に下りてお行儀よく座ってミサ藩王を見上げました。その目はごはんごはん、と少し輝いて、少しそわそわした様子なので、ミサ藩王はその可愛さに思わず笑ってしまいます。
「はい、どーぞ」
しゃがんで王猫さまの前にご飯を置いてあげますと、王猫さまは器から美味しそうにご飯を食べ始めます。
その様子をミサ藩王はしゃがんだまま見つめて微笑みました。
ミサヤガミは、そんな1人と1匹を少し離れた所から見て少し笑いますと、また新聞を広げるのでした。

矢上ミサ:Running!

朝ごはんが済むと、王猫様は城下町をのんびりと散歩します。屋根の上、塀の上、そして路地裏…王猫さまは隅々までこの国の事をご存知です。

とととっ、と小路を歩いて、小さな家の壁から顔を覗かせた時でした。軒下に腰を下ろした男の人とパチリと目があってしまったのです。
ビクッ、とする王猫さま。
男の人は、ミサヤガミに顔は似ていましたが、髪は一部が金髪で黒いジャンパーを着ており、そして何より、その瞳からは感情が読み取りにくく、どこか遠くを見透かすようで王猫さまは、目が合ったまま動けずにおりました。
男の人はBヤガミといいます。つづみさんのいいひとです。
「……猫だ」
Bヤガミは王猫さまをじっ…と微動だにせず見つめてぽつりと呟きました。
パタ、と扉の開く音がして、玄関からつづみさんが顔を覗かせました。
「もうお昼だよ。ごは…あ、あれ?王猫さま」
つづみさんが王猫さまに気づいてきょとん、としますと、王猫さまは知ってる顔に少しほっとしてとととっ、と壁の影から出てきました。つづみさんを見上げてにゃー、と鳴きます。
つづみさんは王猫さまの前でしゃがんで、その頭から背中を撫でました。王猫さまは気持ち良さそうに目を細めて、つづみさんの脚にすりすりします。
「ヤガミは王猫さま初めてなの?」
「ああ」
Bヤガミは頷きます。
つづみさんは少し微笑んで、王猫さまを抱っこしますとBヤガミの前に差し出しました。
「触ってみる?…あっ、そっとだよ!」
Bヤガミは王猫さまへぬっ、と手を伸ばしましたが、そっとと言われて動きを止めました。
王猫さまはぬっと伸ばされた手にビクッと体を強張らせたものの、止められたその手を少しだけ見つめてくんくん、とにおいを嗅ぎます。
Bヤガミはそれからそっとその頭へ手を伸ばしました。
ぐりぐりぐり
Bヤガミが慣れない手つきで王猫さまを撫でますと、王猫さまはされるがままになっています。
つづみさんさんはその様子ににこ、と笑みを深めると、思い切って王猫さまをBヤガミの腕に渡しました。
王猫さまは大人しく抱かれています。
つづみさんはBヤガミの隣に腰を下ろして、王猫さまを覗き込みました。
「かわいいね」
「よくわからない。悪い気はしない」
ポカポカとした陽気の軒下で、王猫さまがお別れのにゃーを言うまでBヤガミは王猫さまを抱っこておりました。
この日から王猫さまの新たなお散歩コースにBヤガミの家で休憩、が加わったようで、Bヤガミと一緒にお昼寝をする姿や、遊んでもらっている姿をよく見かけるようになったのでした。

ヤガミ・ユマ:すやすや

<王猫さまにまつわるエピソード>

ここは城下町の商店街です。王猫さまはここへもよく足を運ばれます。
小規模な専門店が軒を連ね、グルメな鍋っこ達の台所を支えています。
鍋の国の仲良し猫士3人組トラ、ブチ、タマは、おやおや今日はカメラなんて持ってどうしたんでしょう。
「今日は王猫さまの魅力を大追跡なのにゃー」
「お仕事ネウ」
「おやつは3にゃんにゃんまでねうー」
今日は王猫さまにまつわるエピソードを集めるお仕事みたいですね。
3匹がキャッキャッとしていると、突然辺りが暗くなりました。
空は晴れているのに変ですね。
3匹が不思議そうに上を見上げますと…
「君達、はしゃぐのも程々にな!」
藤村おかーさん、藤村 早紀乃が二人用ベビーカーと共に立ちはだかっていました。
その肩ではネコミがおかーさんに賛成するように尻尾を振っています。
「「「ね、ねうー」」」
3匹は揃って尻尾ピーンです。
藤村おかーさんはそんな3匹の様子に内心キュンとしながら、仕方ないなあ、という顔になります。
「ほら、今日は大事なお仕事があるんじゃないの?」
「そうなのにゃー。王猫様の噂を大追跡なのにゃー」
「今日はすぐそこのかまぼこ屋さんに行くのねうー」
その話を聞いた藤村おかーさんは、そうだかまぼこも買って帰ろうと思い、3匹と一緒について行くことにしました。

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1人と4匹がやって来たのは、鍋の国で人気のかまぼこ屋さんです。
歴史を感じるのれんには「かまぼこ鍋島」と書いてあります。
中に入りますと、女将さんとアルバイトの女の子2人が忙しそうに働いていました。
お客さんも絶え間なくやって来ています。
「こんにちわねうー」
タマがお店の人に声を掛けますと、女将さんがにこっとして駆け寄ってきました。
「あ、ご連絡いただいてた猫士の皆さんね。慌しくてごめんなさいね」
女将さんは目元の皺が素敵な年配の女性で、割烹着が似合っていました。
「こんにちはー、藤村です。」
「あら藤村さんもいらっしゃい、今日はお子さん二人も一緒なのね」
「ええ、三和と辰郎はお外に行きたそうだったので、お買い物に連れてきたんです。音角と潮は気持ち良さそうにお昼寝してたので旦那に任せて来ちゃいました。」
三和くんと辰郎くんは、二人の顔を交互に覗き込む女将さんの顔に興味深々です。
藤村おかーさんが女将さんと話している間、猫士達はショーケースに並ぶかまぼこに釘付けです。
ネコミもいつの間にか藤村おかーさんの肩から降りて後ろ足立ちになってかまぼこを覗き込んでいます。
「おいしそうにゃー…」
「ここのかまぼこ美味しいネウ」
「タマもここのかまぼこ好きねう。ぷりっとしてるねうー」
トラ、ブチ、タマがショーケースにほっぺをくっつけて見ていたら、お店のおねーさんにふふ、と笑われてしまいました。
「あっ、こら君たち。今日は取材に来たんでしょ!すみませんすみません…」
藤村おかーさんがお店の人に頭を下げますと、女将さんはいいんですよ、とにこにこ笑います。
「はい、これは試食だから食べていいのよ。新作のひじき入りちくわ」
とおねーさんが、ちくわを4匹にくれました。
「ありがとうございますにゃー」
お礼を言って3匹はもぐもぐとちくわを味わいます。ネコミはお行儀よくちょこん、と座ってはむはむとちくわを食べました。
「は!すみません、ありがとうございます」
藤村おかーさんが恐縮しますと、女将さんは藤村おかーさんにもちくわを勧めました。
「よかったら藤村さんもどうぞ。お口にあうかわかりませんけど」
「ありがとうございます」
藤村おかーさんもひとつ頂きました。
「ふふ、ちびちゃんたちは、歯が生えてきたらまた来て頂戴ね」
女将さんはベビーカーから興味深そうにちくわを眺める三和くんと辰郎くんにそう言いました。
さてさて、ちくわのお味は?
「おいしいですね!」
「おいしいねうー」
ネコミも満足そうにニャーと鳴きました。
1人と4匹が美味しさに感激していますと、女将さんは嬉しそうに優しそうな目元を細めました。
「そう言ってもらえるのが一番嬉しいわ。今はこんなに繁盛してますけど、昔は苦労したんですよ」
「お店の繁盛に王猫さまが関わったと聞いたことがあるのネウー」
「ええ、そうなんです。あれは5年前の事でした…。」
女将さんは懐かしそうに遠くを見ました。

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その頃うちの店は、大量生産で安いかまぼこに押されて、食べていくのがやっとでした。
主人も頑固なものですから、「味のわからねぇ客なんか放っておけ」と腕組みして胸をそらすばかりでしたから、本当にこのままでは潰れてしまうのでは無いかと思いました。
そんな時でした。
ガランとした店の中で私が店番をしておりますと、王猫さまが入り口から顔を覗かせたのです。
「いらっしゃ…あら。ね、ねえ!あんた!」
私が慌てて厨房にいた主人に声を掛けますと、主人はのそのそと店に顔を出しました。
「なんでぇ、騒々しい…」
「あんた、見て!王猫さまよ!」
「お、おお…。」
王猫さまはいつのまにか、ショーケースの前まで歩み寄ってきて私達を見上げていました。
「王猫さま、こんにちは」
「王猫さま、うちの店に何か用かい?」
王猫さまは、ショーケースの前にちょこんと座ってにゃーと鳴きました。
「あ、あんた。かまぼこをご所望よ!」
「お、おお」
主人は呆気にとられながらも、出来立てのかまぼこを王猫さまへ差し出しますと、王猫さまはそれは品よくはむはむとお召し上がりになりました。

ヤガミ・ユマ:ふんふん

そうして全部食べ終わった後でにゃー、と満足そうに鳴いたのです。
「おお、美味いかい。さすが王猫さま、わかってるねぇ」
「あんた王猫さまに失礼よ!」
「まあ、いいじゃねぇか。王猫さま今日はサービスにしとくぜ、またよろしくな!」
主人は王猫さまが美味しそうに召し上がったのを見てそれはそれは嬉しそうでした。
王猫さまは主人の言葉にお礼を言うように尻尾をちょっと振ってからお店を出て行きました。
「いやあ、王猫さまに認められるたぁ、かまぼこ職人冥利につきるなぁ」
「あんたったら…」
主人のあまりに満足そうな様子に苦笑しておりますと、何だか店の外が騒がしくなっているようでした。
「あ、あら。何かしら…」
私達が店の外を覗きますと、なんと王猫さまが店の入り口のすぐ横に座っておりました。
そうした内に1人、2人、と店にお客さんは入り始めたものですから、私達は慌てて店の中に戻りました。
「すみませーん、炭焼きちくわ5本くださーい」
「は、はい。いらっしゃいませ!」
「こっちは上かまぼこ2本」
「はい!かしこまりました!」
もうお店は今までに無い繁盛振りで、私達は接客に追われ、気が付いた時には、用意していたかまぼこはすべて完売してしまっておりました。
まだお店に来るお客様に頭を下げながらのれんを下ろして、王猫さまの姿を探しましたが、もうお姿は無かったのです。

矢上ミサ:Running!

「それから口コミで評判になったらしくて、今でもこうして皆さんにご贔屓にして頂いています」
女将さんはそう言って微笑みました。
「なるほど」
藤村おかーさんはおかみさんの話に感心してうんうん、と頷きました。
「美味しくて安全なものしか王猫さまは召し上がらないねうー」
タマが物知り顔で言いますと、女将さんはにこっとしました。
「ええ、私どもの店では魚は鍋の国の港でその日にあがった新鮮なものを毎朝主人が買い付けて使っていますし、添加物も使用していないんです。だからあんまり長持ちしないので、すぐに召し上がって頂かないといけませんけどね」
「どうりでプリッとしてると思ったネウー」
ブチがメモを取りながら納得顔で頷きます。
「さすが王猫さま。この店のかまぼこは健康食材としても一目おかれていますから、きっと王猫さまは国民の皆にも食の安全の大事さに気づいて欲しかったんでしょうね」
藤村おかーさんは、王猫さまの思いやりにじーんとしました。
「あっ、写真もとらせてくださいにゃー」
トラが思い出してカメラを構えました。
女将さんが店の奥に声を掛けると、強面のお店のご主人も顔を出しました。
ご主人は仏頂面でちょっと照れながら女将さんと並びます。
「はい、チーズ…かまぼこにゃー」
トラが調子よくシャッターを切って、取材は終わりました。
「どうもありがとうございました」
「「「ありがとうございましたねうー」」」
にゃーん、藤村おかーさんの肩の上でネコミもお礼を言います。

「かまぼこおいしかったにゃー…」
食いしん坊のトラがかまぼこの美味しさを思い出して呟きました。
「王猫さまは自分の納得した食べ物しか召し上がらないからな。それを国民もわかってる。そのおかげで、うちの国は小さい店もやってけるんだ。…さすが王猫さま」
藤村おかーさんはすっかり王猫さまに感心しています。
「かまぼこも美味しかったけどお腹空いたねうー」
「ネウー」
3匹のお腹がぐーと鳴ったのに、藤村おかーさんは思わず笑ってしまいました。
「さ、晩御飯の支度しないとな!皆も晩御飯までにはおうちに帰るんだぞ!」
「「「ねうー!」」」

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夕暮れ時の鍋の国の商店街。
銀内優斗と銀内ユウが並んで歩いています。
夕飯のお買い物でしょうか。
優斗の手にはお買い物袋がさげられていました。
「優斗君、重くない?」
「これくらい、大丈夫ですよ」
ユウが片手を出しますと、優斗は少し笑って首を振りました。
「ほむほむ。そっか。……あ、王猫さま」
その笑顔にユウは照れてそわそわしながら視線を前方に逸らしますと、向こうから王猫さまがやって来るのが見えました。
王猫さまもこちらに気づいたようで、とととっと駆け寄ってきます。
ユウの足元までやって来て、足にごちんとおでこをぶつけました。
「王猫さまも今帰りかな?」
ユウがしゃがんでぐりぐりと頭を撫でますと、王猫さまは肯定するようににゃーと鳴きました。
「一緒に帰りますか?」
優斗が優しく声を掛けると、王猫さまは優斗の顔を見上げて少し笑ったように口をあけます。
そしてすぐにとととっと2人から離れていきました。
「ありゃりゃ、気を使わせちゃったかな」
「そうですね」
ユウはポリポリと頬をかいて王猫さまを見送っていると、優斗がすっと片手を差し出してきました。
ユウは少し目を丸くしてから、その手を握りました。
2人ともちょっと顔が赤いのですが、夕日でうまく誤魔化してくれるといいなと思いました。
そして握った手をゆらゆら揺らしながら、2人でお家へ帰って行くのでした。


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夜、王猫さまはベッドにしかれたお布団の中にもそもそと入ると、お布団がいつもよりふかふかな事に気づきました。
クンクンとお布団のにおいを嗅ぐと、お日様の匂いがします。
ミサ藩王がお布団を干していてくれたみたいですね。
王猫さまはそれに気づいて、嬉しそうにお布団にほっぺをすりすりしてから、目を瞑って体を丸めました。

ヤガミ・ユマ:おやすみ

おやすみなさい。また明日。

〜fin〜