SS〜とある家族の1日〜


 今日も朝は五時半起床。朝起きるとまずは郵便受けから新聞回収。新聞の次はコーヒー。そして10分程コーヒーブレイク。この朝ののんびりタイムを取る為に早起きをしているようなものね。

 コーヒーを飲み終わると早速朝ごはんの準備にとりかかる。あ、その前に洗濯機を回すのを忘れずに。

 今日も今日とて朝ごはん。手際よく味噌汁作りつつ魚を焼く。魚の美味しそうなにおいがキッチンからわざと開けていた寝室の方へと向かっていく。それを横目に漬物を用意。朝はその日の気分で和食、洋食と変えているが和食にこれはかかせないでしょう。

「ふぁぁ。おはよう……」

 夫が眠たそうに寝室から顔を出した。

「おはよう。奈々ちゃんも起こしてくれる?」

「ああ、起こしたからもうちょっとしたらこっちにくるんじゃないか?」

 夫はそう言うとテーブルの前の自分の指定席に座った。

「おはよー……」

「「おはよう」」

 娘の奈々が眠たそうに寝室から顔を出した。と思ったらすぐにテーブルにつく。うむ、朝ごはんをきちんと食べてしっかり学校行ってください。


 食べ終わった夫と奈々と私は玄関に向かう。二人は会社、学校へそれぞれお出かけ。私は玄関でお見送りする為である。



「「いってきまーす」」

「はーい、いってらっしゃーい」

 手を振ってバイバイ……しかし、外へ出ようとしない夫と娘。

「…………」

「ママ、今日はしないの?」

 ……そういえば、いつの頃だったっけか? 娘が朝の儀式を見学してから小学校に向かうようになったのは……。まぁ夫婦仲が良い証なんだし、別にいいけどね。

チュ!


「じゃあ、いってくる」

「いってきまーす」

 ニコニコ笑顔の娘とちょっと照れて無愛想ぎみな夫を見送ると私の朝一のお仕事は終了。ティータイムして次はお洗濯だ。そして昼過ぎにはお出かけ。今日のランチはどこで食べようかしら?




/*/




キーンコーンカンコーン

「おひるー!」

「御飯終わったらドッジボールしようぜ」

「さんせー!」

 学校に来る楽しみは体育とお昼御飯と言っていたクラスの男子が嬉しそうに叫ぶ。

「奈々ちゃん、ご飯食べよー」

「うん」

 私は仲が良い真奈美ちゃんと小梅ちゃんの二人と一緒にお昼ごはん。今日の私のお弁当はサンドイッチ。サンドイッチは読書とも合うんだけど、おしゃべりにも合うんだよねー。

「小梅は相変わらずなお弁当ラインナップね」

「えへへ、今日のメインデッシュは黒ごまと梅の混ぜご飯だよ」

 やや呆れ気味に小梅ちゃんのお弁当を見る真奈美ちゃんと満足そうな小梅ちゃん。小梅ちゃんのお弁当にはおかずとして鮭や野菜炒めとかも入っているが、小梅ちゃんは梅好きなので梅料理がメインデッシュなのである。というか本人がそう言うのだからそうなのであろう。
混ぜご飯を食べてとても機嫌が良さそうな小梅ちゃん。私は真奈美ちゃんとそっと目線でアイコンタクト。

「ねぇねぇ、小梅。ちょっと聞きたい事があるのだけどいい?」

「何? どうかした?」

 疑問クエスチョン小梅ちゃん。そして小梅ちゃんに迫る私と真奈美ちゃん。

「昨日の放課後、呼び出されてたよね?」

「雷斗、とうとう言っちゃった?」

 雷斗は小梅ちゃんにしょっちゅうチョッカイをかけている同じクラスの男子。私と真奈美ちゃんの考えではおそらく、小梅ちゃんラブだからチョッカイをかけてると考えていた。そして昨日、話があると放課後に呼び出されたという事で小梅ちゃんは私達と一緒に帰らなかったのである。

「ああ、雷斗? 懸賞で映画のチケット当たったんだけど、友達が行けないらしいから一緒に行かないか? っていうお誘いだったよ」

「「おおー!」」

 告白……じゃなかったけど、あいつとうとう行動することにしたのか?

「んで、返事どうしたの?」

 真奈美ちゃんの言葉に小梅ちゃんはちょっと残念そうな顔で答えた。

「どうって……見たことあるやつだったから断ったよ? 見に行った事ない人誘った方がいいもんね。でも好きな映画だからホントはもう一回見たいんだけどね」

「え?」

「見たかったなら一緒に行けば良かったんじゃない?」

 真奈美ちゃんの言葉にうんうん頷く。っていうか二度目でも見たかったなら一緒に行ってきなよ。雷斗、デートのつもりだったはずだよ、タブン。

「でも、見に行くなら一人でじっくり見たほうがいいし……この前はお母さんと一緒だったから一回しか見れなかったもん」

 近くの映画館は一回入場すればずっと中に入っている事ができる。その為、同じ映画でいいのならば一日中滞在する事も可能である。

「小梅、もしかしてその映画って梅農家の若者が主人公のやつ?」

 真奈美ちゃんの言葉に嬉しそうに頷く小梅ちゃん。

「そう、オレとオレのコックさん。出てくる梅料理がこれまた美味しそうなのよ」

「あー、もし行くなら、一人でじっくり何度も見て堪能したいから断ったってこと?」

「うん、だって雷斗っておしゃべりなんだもん。映画見てても話かけてきそうだし、集中して見れなさそうだし」

「こりゃ、ダメね。雷斗も不憫な奴だ」

 真奈美ちゃんの言葉に同意。我が友人ながら小梅ちゃんはまぁ、なんと鈍感なのだろう。雷斗も雷斗でしょっちゅうチョッカイというか小梅ちゃんにどうでもいいこととか話すからおしゃべりな印象持ったんだろうね、小梅。まぁ、毎日、今日はいい天気だなぁとかから会話始めていたらそう思われても仕方ないか……。

 がんばれ、雷斗。できれば私と真奈美ちゃんがニヨニヨできる結果になればいいんだけどねぇ。

「そういえば、次の授業なんだっけ?」

「食育の授業で食材の表示マークの授業だよ」

「ああそういえば表示マークといえば、あれ知ってる?」

 今日は小梅ちゃんと雷斗の話は展開しなかった。表示マークの話をしつつも私と真奈美ちゃんは二人してアイコンタクトで頷く。この二人の恋……というか雷斗の恋をなんとかしてあげようと……まぁ、小梅ちゃんの気持ちは聞いたことないけど、親しい男友だちなのは事実だしね。ちなみに本人に直接聞いたりはしない。うまくいけば、ほのかに恋が育っていくその過程が見れるかもしれないのだ。

「じっくり慎重に……何事もそうだよね」

 私の言葉に頷く真奈美ちゃん。そんな私達を見て小梅ちゃんがちょっと不思議そう。

「ゆっくり噛んで食べるのはこの前の食育の授業で先生が言っていたけど……別に言葉に出さなくてもいいと思うよ?」




/*/




「ただいまー」

「「おかえりー」」

 玄関を開けると妻と奈々の事が聞こえた。靴を脱ぎ、リビングへと入ると美味しそうな匂いがフワフワと流れてきた。今日の晩御飯は生野菜サラダに鳥の照り焼き、具沢山のスープのようだ。

「お疲れ様。ごはんにします? それともお風呂にします?」

「今日はレーン作業じゃなくて研修会だったからお風呂は後にするよ」

 普段している自動車の工場のレーン作業は過程場所によっては汚れ仕事も多い。まぁそんな時は仕事場に併設されている浴場に入浴する場合も多い。もっとも今日は技術研修会、いわゆる勉強会だったので帰ってすぐにお風呂へ直行する必要はない。というかお腹が減った。

「じゃあ、皆でご飯にしましょ。奈々、ご飯よ!」

「はーい」

 奈々は返事をするとサラダを取るようの小皿を食器棚から取り出した。妻は茶碗にご飯をよそう。

「はい、あなた」

「ありがとう」

 日常のささやかな事でもお礼を言う。これは大事な事である。

「じゃあ、いただきます」

「「いただきます」」


 今日もうまいメシにありつけるというのは良い事だ。

「今日は学校、どうだった?」

「んーいつもどおりかなぁ。あ、食育授業で表示マークの事教わったから、今度から買い物に行く時、手伝えるよ。」

「あら、それは助かるわね」

 うん、うまい。表示マークか、カテゴリーブックを読めばその説明も載ってるが、小学生には読めないかもしれない漢字とかもあるしな。実際に授業で習う方が覚えるだろうな。

「あとは、そういえば小梅ちゃんの件で進展あったようなないような……」

「え、小梅ちゃんって事は雷斗君。告白したの?」

 小梅ちゃんと雷斗君は奈々の同じクラスの子のことだ。雷斗君が小梅ちゃんを好きで色々とちょっかいをかけてるとかなんとか……まぁ小学校の男子だしな。わりとわかりやすいといえばわかりやすい子らしい。

「うん。映画のチケットでデートに誘ったんだって……まぁ小梅ちゃんが断ったんだけどね」

「あら……映画ねぇ」

 映画で断った……。妻が意味深な目でこっちを見てきた。

「あー、映画な。うん」

「どうしたのパパ?」

 キョトンとこっちを見る奈々……だったが、妻の顔を見たあと、ニヤニヤと笑い始めた。というかその顔、妻の昔を思い出させる……。

「ね、ね。どういう事?」

「そうねぇ……言っちゃってもいい?」

 言うな。というか言葉にして言うな。その時点で何かあるのわかるだろうが……まったくこの似たもの親子め……でも、ダメって言っても言うんだろうなぁ。

「ご自由に」

 溜息一つ。いや、まぁ他人ごとなら俺も楽しむけどね。

「ふふ、あのね、おとうさんも昔私に映画のデートを誘って断られたの」

「え、そうなの」

 目が輝きはじめる奈々。

「そうよ。というかちょっと小洒落過ぎというか、お父さん、映画好きでも何でもないのってわかってたからね。もっと自分の得意分野で来て欲しかったから断ったのよ。しかも恋愛映画よ? お父さんそういうのは小っ恥ずかしくて見ないって豪語してるのにねぇ」

「へー、そうなんだ」

 ニヨニヨ奈々。が、しかし、そこは反論させてもらうぞ、我が妻よ。

「いや、お前だって映画は眠くなるだけだって言ってただろう」

「あら、それも理由ではあるけど、それを言うなら事前調査がなってなかったんじゃないの? どうせデートに誘うならレーシング場とか、自動車工場見学とかが良かったわ」

「だから、後日行ったじゃないか」

 目を丸くする奈々。

「なんだか、デートっていうカンジじゃないよね、ソレ」

「まぁ……」
 実際デートていうほど甘い感じじゃなくて、自動車について語り合ったりしただけだしな。

「あら、でも楽しかったわよ。趣味が合うって大切よ。奈々も付き合うなら趣味の合う子にしなさいよ」

 ……。

「まだ早いぞ。その付き合うとかそういうのは……というかもっと後にしてくれると父さん嬉しい」

 まだ早いと言った瞬間、奈々が「もう子供じゃない」とか言いそうな気がしたので素直に言葉にした。遠まわしな言葉だと通じないというか勘違いされるのは妻もそうだった……やっぱり似すぎ親子め。

「へへー、大丈夫だよお父さん。今は小梅ちゃんと雷斗君の恋の行方が気になるもん」

 雷斗君、男としては応援してやりたいが、奈々の親としてはずっと空振りを振り続けて欲しいと思う事を許しておくれ。そしてずっと空振り回っててくれ。

「そういえば、今日の研修会はどうだったの?」

「ああ、新車の企画発表と導入された新技術についての勉強会だ……まぁ、そのあたりは晩御飯終わった後にでも」

「そうね、他にも話すことあるし」

 妻は元々うちの会社で働いていた。というか整備士の資格も持っているのでヘタすると俺よりスゲー詳しい。なので引退した今でも嬉しそうに話を聞いてくる。


「他にもってママ、何かあったの?」

 奈々に返事をしないでこっちを見てニンマリ笑う妻。そしてその手は先ほどからお腹をさすっている。

「……どうかしたのか?腹でも痛いのか?」

「もう、良いニュースってところ聞いてた?」

「ん、え、ああ、良いニュース」

ピンとこない様子の俺に、妻は微笑みながら嬉しそうに口を開いた。

「ふふ、あのね。今日病院でみてもらったの。三ヶ月ですって」

「え、そうなのママ? おめでとう!」

病院で良いニュース?良いニュース……三ヶ月…おめでとう、嬉しい、おめでたい……。

「……そういう事なのか?」

「ママ、どっち?」

「まだわからないけど、奈々はどっちがいい?」

「弟ー!」

「ああ…そうだったのか。それは楽しみだな、よし、明日休みだしベビー服買い物に行くか?」

「まだ早いわよ、もうせっかちさんね」

 妻から告げられた良いニュースは、ゆっくりと実感が伴ってきた。

 家族が増える。うちに新しい幸せがやってくるのだ。

 いつも以上に暖かい気持ちに包まれつつ、俺はまだ見ぬ子供の名前を考え始めた。



次のページ >>